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第1835号 ちょっといい話『素晴らしい選手との交流』志賀内泰弘

今日は、長野県安曇野市の斉藤さんから届いた、甲子園を目指す若者たちのドラマを紹介させていただきます。

   *   *   *   *   *

私は、長野県松本市にある、とあるビジネスホテルと提携し、整体ルームを開業しております。ホテルのご宿泊のお客様を施術いたしますので、全国のあらゆる方々との出会いを、日々いただいております。何年か前のことです。

私は松本市にあります、とある高校野球・名門校の3年生のレギュラー選手の体を、1シーズン通してケアしておりました。

この選手は、志賀内さんの著書「なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?」を読み、感銘を受けたということで、高校生活、朝は早起きをし、散歩をしながら近所のゴミ拾いを続けていました。近くにあるコンビニエンスストアの駐車場のゴミを拾っている姿を見かけた、そのコンビニの店長が、買い物にきた同じ学校の他の野球部の選手に、「いつもゴミを拾ってくれてありがとうと、彼に伝えてくれ」と、お礼の言葉を伝言したそうです。

そんな選手との忘れられないエピソードがあります。
昨年の夏の高校野球、甲子園県予選大会。

今だから言えますが、その選手は故障を抱え、満身創痍の状態で試合に出続けていました。3年生としての最後の夏、勝ち進んで手にした県予選決勝の舞台。決勝戦は激闘でした。そして、チームは9回まで5対3で勝っていましたが、9回に追いつかれ、延長戦の末、惜しくも逆転負けを喫し、甲子園出場の夢を逃してしまいました。

実はその選手、前年も2年生ながらレギュラーとして出場していたのですが、決勝の舞台で惜しくも負けていました。2年連続で決勝まで進みながら、甲子園を逃すという結果に終わったのです。

私は、決勝戦、甲子園出場が決まれば、夜に選手たちをホテルに連れてくるから、選手たちの体をケアしてほしいと、チームの関係者の方から頼まれていたので、スタジアムで応援したかったのですが、選手がいつ来てもいいようにと、ホテルの自分の仕事部屋で待機しながら、テレビで観戦していました。

負けが決まった瞬間、私は言葉を失いました。

他のチームメイトの選手たちの体もみていた私は、絶対に甲子園に行かせてあげたかったからです。呆然とテレビを見つめていた私の目に、その時、素晴らしい光景が映りこんできました。
負けたチームの選手は、涙を流します。それは、当然のことです。

この時も、多くの選手たちが泣いていました。しかし、その選手は涙を流さず、相手選手を祝福し、「甲子園で頑張ってきてくれ」と激励していたのです。自分の使っていた手袋までプレゼントをし、自分の分まで頑張ってきてくれと。

野球に打ち込み、甲子園を夢見て頑張った3年間の、最後の夏、負けたにも関わらず、相手選手を労うこの姿。ショックから呆然としていた私は、自分が恥ずかしくなりました。

そして、この話にはまだ先があるんです。私は、すぐに電話をして、選手と話をしたかったのですが、敗戦のショックを抱えた選手に、すぐかける言葉も見つかるわけもなく、2~3日たってから電話をしようと思っていました。

そうしたら、その決勝戦の夜、選手から私に電話をしてきてくれました。「今までお世話になったのに、負けてすみませんでした」と。

負けて辛いのは選手自身のはずなのに、そんな中でも私のことを気遣う言葉をかけてくれ。なぜ、こんな時でも誰かを気遣うことができるのだろうかと、私には言葉がありませんでした。彼は私より、約一回り以上も歳が下です。

しかし、私は彼から、見習うべきことがたくさんあるなと考えさせられました。

彼は翌年、大学生になりました。首都圏に行った彼とは、住んでいる場所の距離ができましたが、今でも連絡をとりあっています。私は、この選手の、今後の人生をずっと応援していくつもりでいます。私は、彼と出会えたことに、心から感謝しています。