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第1807号 ほろほろ通信『私が医者になった理由』志賀内泰弘

小学1年生の時、常滑市の鯉江捷夫さん(70)は疫病にかかった。母親がかかり付けのお医者さんへ走ると、既に診療が終わっていた。聞けば先生は、つい先ほど友人と夜釣りに出掛けたとのことだった。そのまま港へ走る。堤防から沖に出て行く船が見えた。「せんせ〜い」と何度も呼んだ。

その声に気付き船が戻った。先生に夢中で症状を話すと、釣りをやめて往診に来てくださった。ところが、高熱、下痢による脱水症状、けいれんと極めて危険な状態。戦後間もない時期のことで、抗生物質、輸液製剤や点滴セットもない。そんな中、先生はできる限りの献身的な治療をしてくださり、三日目に意識が戻り、まさしく九死に一生を得た。

母親から事あるごとに「もし先生が沖から戻ってくれなかったら、お前はこの世にいないよ」と言われて育った。いつしか、自分も人を助ける仕事をしたいと思うようになり、同じ医者の道を選んでいたという。

「最近、医師不足や患者のたらい回しなど、医療の問題が叫ばれています。医の原点とは何か。それは患者さんと医師の二人の間にある心の絆です。病める人のために、という温かく大きな心を見失っては医者は失格です」と鯉江さん。どんなに医学が進歩しても、治療の難しい病は多い。

「先生と一緒で寂しくなかった。ありがとう」と言われる医者になりたいと思い、45年。もし自分だったら、命を救ってくれたあの医師のようにできるだろうかと自問自答しつつ、今なお現役の開業医を続けていらっしゃる。

<中日新聞掲載 2009年3月22日>