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第1788号 ほろほろ通信『ピアノを弾く夢を抱いて』志賀内泰弘

名古屋市北区の小野寺陽子さん(71)は、満州で終戦を迎えた。翌年、引き上げ船に乗り込む直前に、シベリアに抑留されていた父親が帰還。しかし、下の兄弟のうち一人は港で、今一人は船中で息を引き取った。両親と姉、弟の五人で日本の地を踏んだ。

貧しくて食べるのにも事欠く生活の中で、教科書さえ買うことができなかった。友達から教科書を借りてきて、毎晩父親が翌日の授業のところを紙切れに写してくれた。

そのころのことだ。学校の音楽室から毎日ピアノの音が聴こえてきた。弾いていたのは、同級生のK子ちゃんだった。うらやましくてたまらなかった。彼女がまるでお城のお姫様のように思えた。ピアノが欲しくて仕方がなく、白い紙にペンで鍵盤を書き、それをなぞってピアノを弾くまねをしていた。

トルコ行進曲、エリーゼのために。今でもそのメロディーが耳を離れない。ずっと「いつか生活に余裕ができたらビアノを買おう」と思って働いてきた。小野寺さんは今でも旅行代理店に勤めている。便りには「やっと買えるかなと思った時、七十歳になっていました。今年中に買おうと思っています」とあった。

正月開け早々に電話をして「買いましたか」と聞くと、こんな答が返ってきた。「娘婿と一緒にピアノを見に出掛けたのです。ところがデジタルカメラを買ってきてしまいました。暮れの二十八日に孫が生まれたので、その笑顔を撮りたくなってしまって」。

六十余年の夢よりもお孫さんを授かった喜びの方が大きかったのだ。母子共に健康だという。おめでとうございます。

<中日新聞掲載 2009年1月11日>