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志賀内泰弘
朝日新聞で記者をしている友人夫婦がいます。
上野創(はじめ)さん、美佐子さんです。
仕事上、夫婦別姓をとっておられるので、
奥さんは高橋美佐子さんと名乗っておられます。
どこにでもいる、普通のカップルに見えます。
新聞記者という職業柄もあるのでしょうが、
お二人とも、知的で快活、人の話を聞くのが上手く、
とても明るいので、会ってすぐにファンになってしまいました。
ところが、このお二人は、普通では語れぬほどの固い絆で
結ばれています。ご主人の上野創さんが26歳のときのことです。
がんを宣告されました。
いきなり、
「明日、入院で、あさって手術します」
と言われました。
そのとき、
「おれは試されている」
「この局面でどう行動するか、お前は見られているんだぞ」
と自分に話しかけたそうです。
なんて強い人なんだろうと思いました。
そんなご主人でも不安がありました。
当時、付き合っていた彼女、美佐子さんが
あまりに大きなショックを受けるのではないか、という不安でした。
そのころの彼女は、抑うつ的で落ち込みが激しく、
「迷路をさまような彼女を支えられるのはおれしかいない」
という気負いを持っていたそうです。
しかし、その彼女に、告知の内容を伝えました。
すると、
「大丈夫。私がついているから。大変だろうけど、頑張ろう」
と言って、にっこり。そして、手術の二日後、
ベッドサイドで美佐子さんは言いました。
「結婚しよう」
と。この先どうなるかわからない“不良物件”の状態のオトコと
結婚なんて…と思う上野さんでした。
しかし、翌日には、ベッドの上で、
婚姻届を渡され、サインしたといいます。
その後、言葉では表現しきれない苦しい抗がん剤治療、
超大量化学療法の副作用。2度の再発、3度の手術を
お二人で乗り切られて来られました。
鬱も経験しました。
私は、直接このお二人のがんとの闘いの経緯については、
お二人を紹介してくれた友人から簡単には聞いていました。
しかし、それ以上、詳しく聞く勇気がありませんでした。
一つは、私自身も生死を彷徨う病気をしたことがあり、
トラウマがあって病気の話をするのが嫌いなこと。
もう一つは、その苦しみを聞いて、
どんな言葉を口にしても嘘になりそうだと思っていたからです。
その二人三脚で克服された闘病記は、
「がんと向き合って」(晶文社と朝日新聞文庫)で発表され、
第51回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しておられます。
その本を読むことで、お二人のドラマを詳しく知ることになりました。
でも、お二人の前で、一度も当時のことをお聞きしたことはありません。
入籍に遅れること一年後に、結婚式を挙げられたとき、
ご主人は新郎としてこう挨拶されたそうです。
「治療に耐えて退院しても、
それを喜んでくれる人がいなかったら、
自分の喜びははるかに小さかったはずだ」
奥さんは、こう言ったそうです。
「人はなぜ生きるのでしょう。
きっと死ぬまで生きるために、
生きているのではないかと思うのです」
答えにはなっていないけれど、
妙に冷静に語る奥さんの言葉に迫力と説得力があったといいます。
今回、「プチ紳士を探せ!」運動が
三周年を迎えることができました記念のイベントとして、
このお二人をお招きして特別講演会の開催を企画いたしました。
ということで、私も直接お話を伺うのは、
初めてということになります。
みなさんと一緒に、「明日への元気」「生きる喜び」を
感じられればと思います。
※講演会のご案内は下記になります。
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