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第1705号 ちょっといい話『松右衛門の教え』志賀内泰弘

「菜の花沖」は、江戸後期に回船業で巨額の財を成した高田屋嘉兵衛の生涯を描いた司馬遼太郎の長編小説です。その高田屋兵衛が、まだ、ただの船乗り時代から目をかけ、蝦夷地開発の後押しをしたのが、松右衛門です。松右衛門は、それまで木綿布を何枚も貼り合わせて作っていた船の帆を、最初から帆用に太い糸で織り、性能を高めたことで名をはせた発明家でした。従来の帆の価格よりも1.5倍の値がしたしたにもかかわらず、4.8年で大船のほとんどがそれを用いるようになったと言われています。人はそれを、松右衛門帆と呼んでいました。

工場では、船主や船頭が奪い合うようにして、出来上がりを持っていき、製造が間に合いませんでした。江戸時代のことですから、特許権などというものはありません。でも、その製法を秘密にすることなく、積極的に技術を教え、帆布工場を作れと人にすすめました。「金のほしい者は、帆をつくれ」といって回り、工場は技術を学びたい者たちでいっぱいだったそうです。

この製品の優秀さから、明治期まで生産されました。帆自体が必要とされなくなった後にも、兵庫県の明石から加古川にかけての産業である厚織やカンパス、ベルト生地の製造、あるいはゴムタイヤに入れる「すだれ織り」といった形で、なんと現代にまで生き続けているそうです。

「人の一生はわずかなものじゃ。わしはわが身を利することでこの世を送りとうはない」
というのが、 松右衛門の口癖でした。

さらに、
「人として天下に益することを考えずに、為すことなしに一生をすごすのは禽獣よりも劣る」
とまで言っています。

この松右衛門の生き方を踏襲したのが、高田屋嘉兵衛でした。回船業で有名になった後、幕府の仕事として蝦夷地開発を手伝うように頼まれます。当時、船を扱う者たちの間では、藩や幕府の仕事をすると、儲けが少なく商いが傾いてしまうと言われていました。それを承知で、高田屋嘉兵衛は引きうけます。そこには、自らの「利」ではなく、松右衛門の人として天下に益するという志が継がれていました。自分の利益を追い求めるのではなく、人の利益ために働く。稲盛和夫さんの説かれる「利他の心」です。

そして、「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動の理念の「ギブアンドギブ」に繋がります。

さて、現代。企業は「私物」ではなく「社会」のものであるという考え方が一般的になりました。上場企業はもちろん、小さな会社でも、企業の社会的責任(CSR)を果たしているかを消費者が商品を見定める一つの基準になっていることは間違いありません。残念ながら、それに反して消費者に「うそ」「いつわり」の商品を世に出したことがバレてしまい、取り返しの付かない社会的な制裁を受ける企業が後を絶ちません。中には、倒産寸前に追い込まれたり、他社に買収されたりする超有名企業すらあります。

高田屋嘉兵衛は、財を成して後言います。
「商人たる者は、欲に迷うな」
「世間を広く見渡すに、欲で商いわする者はたとえ成功しても小さくしか成功せず、かりに大きく成功してもすぐほろぶ」

松右衛門の「人として天下に益することを考えずに、為すことなしに一生をすごすのは禽獣よりも劣る」という教えとともに、働くも者すべてが、胸に刻んでおきたい言葉です。

(参考図書)
司馬遼太郎著「菜の花沖」二巻(文春文庫)