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第1648号 ちょっといい話『手に聞いてごらんなさい』志賀内泰弘

エッセイストの森下典子さんの
「日日是好日『お茶』が教えてくれた15の幸せ」(新潮文庫)にはまりました。
一読後、黄色のポストイットだらけのページを、もう一度、読み返します。

この本は、森下さんが二十歳の時から茶道を習い始めた25年間の、
心の移ろいと成長を綴ったものです。

森下さんは、なかなか所作が身に付かず、何度も何度も先生に叱られます。
「棗(なつめ)の持ち方が違う」
「そこは、右手で持って、左手に持ち替えるんでしょ」
「あっ、それをしちゃだめ。雫が落ちるのをじっと待つの」
そんな言葉に、ますます身体が動かなくなるのでした。
指を折って、
こぼし、茶碗、棗、袱紗・・・と指を折って順番を暗記しようとしたら、

「あっ、ダメ、覚えちゃ!」
と、また叱られます。
メモしようとして、またまた叱られます。
先生いわく、
「そうやって、頭で覚えちゃダメなの。
稽古は、一回でも多くすることなの。
そのうち、手が勝手に動くようになるから」

森下さんは憮然とします。
なぜなら、学校なら、「熱心でエラい」と褒められたものだったから。

そして、お稽古は続きます。
あいかわらず、先生は、
「あー、考えない、考えない」
「あなたは、すぐにそうやって頭で考える。頭で考えないの。
手が知っているから、手に聞いてごらんなさい」
(「手に聞け」なんていわれたって)

月日が流れたある日のことでした。
森下さんは、いつもと違う感覚を持ちます。

なぜか、自分でも拍子抜けするほどスイスイと
お点前ができる日があったというのです。
それが自分でもなぜだかわからない。
そこで、先生に言われました。
「ほらね、頭で考えなければいいの。
もっと自分の手を信じなさい」

これを読んで、私はドキリとしました。
私も、似たような経験をしているからです。
それは・・・ゴミ拾いです。

道を歩いていたり、駅のホームなどで空き缶が落ちているのに気付くと、
極力拾うように心掛けています。
でも、正直のところ、拾えない時があります。
疲れていたり、急いでいたり、雨が降っていたり、両手に荷物を持っていたり。
その空き缶が、ベタベタに泥で汚れているのを見た時もそうです。

駅のホームで、落ちている空き缶をスッと拾う人を見かけたことがあります。
その姿は、実に自然でスマートでした。
それこそ、森下さんのお茶の先生が言うところの
「手に聞け」なのでしょう。
空き缶やゴミを拾うことを繰り返しているうちに、
自然に身体が動くようになっているに違いない。
そういう手なのだと思いました。

それに引き替え、私といったら、
努力しないと拾えないのです。
初めて拾った「あの日」(よく覚えています)から、
もう20年以上が経ったにもかかわらずです。

一旦、通り過ぎて、「いかんいかん」と思い、
5メートルも10メートルも行き過ぎてから踵を返して拾いに戻る。
そんなことが、何度もあります。
恥ずかしながら、「なぜ『そうじ』をすると人生が変わるのか?」(ダイヤモンド社)
という本まで書いている責任上、意地になっているところもあります。
きっと、「頭で考えている」からでしょう。

「もっと自分の手を信じなさい」
この一言が、心にズシリと響くます。
命が尽きるまでに、スッと拾えるようになりたいものです。