たくさんのいい話をたくさんの人に読んでもらいたい・届けたい・広げたい【運営】プチ紳士・プチ淑女を探せ!運動

無料メールマガジン
いい話を読む
いい話を投稿する
みなさんの感想
いい話グッズ購入

いい話を読む

第1640号 ちょっといい話『「祈り」と「願い」の違い』志賀内泰弘

博報堂クリエイティブプロデューサーひきたよしあき著「机の前に貼る一行」を拝読し、その中の一つにビビッと身体に稲妻が走りました。朝日小学生新聞に連載していたコラムを一冊にまとめたものです。

「祈りは届く、願いは叶う」

ひきたさんがサイン会で添える言葉だそうです。祈りも願いも似たような言葉だけれど、ひきたさんはこの二つを分けて考えていると言います。

「志望校に合格させてください」「明日の試合でぼくのチームを勝たせてください」と思うのは、「願い」。

「転校していった古川くんが、新しい学校でも楽しく過ごせますように」「うちの家族がずっと健康で暮らせますように」は「祈り」。

「願い」とは、自分のこと。自分がこうなりたいとか、ああなりたいと具体的に思うこと。「祈り」とは、自分以外の人の幸せや健康を願うことと、捉えているそうです。

そして、その「祈り」の心を「利他の精神」と呼ぶ。稲盛和夫さんが説いておられる「利他の心」ですね。

実は、私は、この「祈り」について、ずっと以前に感動したことがあります。「プチ紳士・プチ淑女を探せ!」運動がスタートして間もない頃、月刊紙「プチ紳士からの手紙」25号の巻頭エッセイ「心にビタミンいい話」で書いた文章を転載させていただきます。

*    *    *    *

「絵馬に書かれた願いごと」志賀内泰弘

もう10年以上になるでしょうか。ある時を境にして、神社やお寺にお参りをするときに、「お願いごと」をすることをやめました。
それ以前はといえば・・・健康第一。次ぎに仕事が上手く回りますように。お金が貯まりますように。取引先と上手くいきますように。おっと、家族もみんな健康でありますように。宝くじが当たりますように。それから………。

一度、顔を上げてからも「あっ」と思い出して、交通事故に遭いませんように……。なかなか立ち去れないでいました。お賽銭の100円分のお願い事をしなくちゃ、元を取らなくちゃなんて考えていたのです。

そして、ある時、神社の方に諭されてドキッとしたのです。神社では願い事をするのではなく、
「おかげさま」
と感謝するものなのだ。

人は欲を出して求めれば求めるほど、幸せは逃げていく。今、今日この時に自分にあるものすべてに感謝していれば、自然に幸せはやってくるのだというのです。

こうしたことも、慣れなのでしょうか。最初のうちは、ついつい「お願いごと」を心に思い浮かべてしまいそうになりましたが、今ではスパッと「おかげさま」とだけ一言、心の中で唱えられるようになりました。

さて、愛知県の犬山成田山に参拝した時のことです。参拝の後、境内を散策していたら、絵馬に書かれてあるユニークな願い事に目が留まりました。
「そろそろ彼女ができますように」
何ともほほえましいじゃないですか。「そろそろ・・・」と控えめなのがいい。
「努力したので報われますように」という受験の願い事もあります。
「努力せず遊んでばかりいて頼んでいるわけじゃないよ。だから…」という説得型ですね。

その他、ほとんどが「○○大学に合格しますように」とか「素敵な人に巡り合えますように」などという個人的な願いです。人の願い事を読むなんて、けっして褒められる行為ではありません。反省しつつ返ろうと思ったその時です。ものすごい言葉を見つけてしまったのでした。
「世界の人々が平和でありますように」
何と大きな話でしょう。出世とか受験とか恋愛とか、これに比べたらなんて小さな話。これを書いた人だって、何か個人的な願い事の一つくらいはあるはずです。それをあえて世界平和ときたものだ! まるでマザーテレサみたいな人です。

さらに、すぐに近くに、こんな絵馬も。
「地球人のストレスがなくなりますように」
これまた、さらに大きな話です。ひょっとすると宇宙人が書いたのかもしれません。自分のことを「おかげさま」と言って満足しているだけじゃ、レベルが低いなぁ、と思いました。まだまだです。