たくさんのいい話をたくさんの人に読んでもらいたい・届けたい・広げたい【運営】プチ紳士・プチ淑女を探せ!運動

無料メールマガジン
いい話を読む
いい話を投稿する
みなさんの感想
いい話グッズ購入

いい話を読む

月刊誌プチ紳士からの手紙






小冊子_表紙「ギブギブ」

souji_bnr02

第1409号 ちょっといい話『「涙の数が多いほど、他人の痛みを理解できる」(前編)』志賀内泰弘

ちょっといい話『「涙の数が多いほど、他人の痛みを理解できる」(前編)』志賀内泰弘

『PHP』誌に短編小説「八起きの人びと」を連載させていただいているご縁で、
PHP友の会情報誌『すなお』2017年新春号に、
【“幸せ”への道標】と題して巻頭インタビューを受けました。

 前・後編と二回に分けて、転載させていただきます。

   *   *   *   *

誰もが苦しみや悲しみを
乗り越えながら生きている

『PHP』誌に連載中の「八起きの人びと」では、
ある稲荷神社の門前町でくり広げられる人間模様を描いています。

そこで私がお伝えしたいことの一つは、誰にも苦しみや悲しみというものがあって、
それを乗り越えながら生きているということです。
むやみに苦労話を口にする人はめったにいないかもしれません。
また、元気な顔で「こんないいことがあったんだよ」などと話す人ほど、
つらい経験は話さない。でも、すべてが順風満帆で悩んだことがない人なんていないでしょう。
それを隠しているわけではないけれど、プラス思考だったり、
場の雰囲気を重くしたくないという気持ちが働き、
つらい話はプライベートなこととして伏せることが多いようです。
そして心の中で「あのときの、あのことがあるから、今がある」と思っているのではないでしょうか。
私自身も長年の友人に、「こんな持病があって」と告げると、
「俺も同じ病気だよ」と言われてびっくりしたことがあります。
大変な思いをしたはずなのに、彼は「いや、聞かれなかったから言わなかっただけだよ」とさらりと答えました。
省みると、ついつい自分のマイナス面が気になり、
他人をまぶしく感じたり、うらやましく思いがちです。
だから、嬉しかったことを雄弁に語る人を、苦しみや悲しみとは程遠いと感じる。
でも、実際はそうではない。誰にも光と影があるものです。そこで、「あぁ、自分だけじゃないんだ。
誰もがつらいことを抱えながら、頑張って生きているんだな」と励みにしてもらえるものを書いていきたいと思うのです。

どこまで相手を
気づかうことができるか

私たちは、親しい人との気持ちの行き違いに悩むことがあります。
親子でも親友でも、また恋人、夫婦であっても、自分とは違う人間なので、
100%わかるということはまずありえません。
だから、「こんなにつらい思いをしているのに、どうしてわかってくれないの?」と不満を募らせたり、
「こんなにしてやってるのに、何でわからないんだよ」と苛立ったりすることが起こるわけです。
しかし私は、そこで「わからない」とあきらめてしまうのではなく、
一歩ずつでもいいから心の距離を縮められるように相手のことを思いやることが大事だと思っています。
そのようにお互いがお互いを気づかっていれば、気持ちの行き違いをくり返しながらも、
いつかふと心が通じあう瞬間が訪れる気がするからです。
だから、「相手によかれと思ってしたことで、かえって恨まれてしまった。
もう何かをするのはやめよう」というのは間違いだと思っています。
一回の苦い経験がすべてとは言えません。
百回、二百回とやってみたからこそわかってくることがある。
九十九人に迷惑かもしれないけれど、ひょっとしたら残りの一人の運命を変えるかもしれないのです。
それをあきらめてしまうのはもったいないのではないでしょうか。
「八起きの人びと」ではリンゴの話として紹介しましたが、傷のついた果物は売り物にはなりません。
けれど、その傷を早く治そうとする力が働いて、よりおいしくなっていくのです。
人間も同様で、傷ついた分だけ人にやさしくなれます。
苦労の数が多い人、涙の数が多い人ほど他人の痛みを思いやることができるということを、
読者の皆さんに感じ取っていただけると嬉しいですね。
私は、二つの経験が多ければ多いほど、相手に伝わるものがあり、
心を通わせることができると考えています。
一つは、自分自身がどれだけ苦労や失敗、挫折をしたかということ。
もう一つは、どれだけ気づかいや声がけができたかということです。
誰かに声をかけようとするとき、すごく迷うことがあります。
たとえば病気の人に「元気出せよ」と言おうか、「大丈夫か」がいいのか、
それとも「こんな映画を観て来たんだ」とまったく違う話題を出すのか、
あるいは「俺、こんなことに悩んでいるんだ」と自分の悲しみを打ち明けるなど、
さまざまに考えることができるからです。
スパッと答えが出れば安心できます。でも、いろいろな経験を重ねる中で、
人生はそう簡単に割り切れるものではなく、むしろ答えはないというほうが
正しいのではないかと思うようになりました。
「こうだ」と言い切ってしまってはいけないことがたくさんあると思います。
つらい境遇でも頑張っている人に、安易に「頑張れ」とは言えないけれど、
「あなたから言われると元気が出るわ」ということもあります。
思いやりというのは深いもので、どこまで気づかうことができるか、
際限はないものかもしれません。