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第1381号 ちょっといい話『恥ずかしいけど、恥ずかしい話』志賀内泰弘

2016年1月号から雑誌「PHP」誌で、
短編連載小説「八起の人々」を連載しています。

都心から私鉄で、二つの大きな川を超えて一時間余り。 終点手前の駅を降りたところにある「八起稲荷商店街」。 「七転び八起き、九難を払う」ご利益があると伝えられる稲荷神社の門前町を舞台に繰り広げられる、人情たっぷりの物語です。

志賀内にとっては、初めての小説の連載で、かなり肩に力が入っていました。 締め切りを守るのはもちろん、何度も何度も推敲を重ねてから、原稿を送ります。 「て」「に」「は」「を」はもちろんですが、会話の一つひとつが生き生きしいてるか、 もっと感動させるためにはどうしたらいいか、寝ても覚めても小説のことばかり考えています。

そうして、自信満々の原稿を「どうだ!参ったか!!」という気持ちで編集者に送ります。 ところが、です。毎回、毎回、 「え?!それはないだろう」「そこは譲れないぞ」「どう読んだら、そんなふうに解釈できるんだ!」 という「書き直しの依頼」が返って来ます。

箇条書きになった、「訂正検討事項」がメールで届く度、「ムッ」とします。 いえ、そんな生易しいものではありません。「コノヤロー!」と、口に出してしまうほど。 すぐに、編集者に電話をして、 「ここは、そのままの方がいい」 「どう読むと、そうなるのか」 などと、反論します。当然、編集者も引き下がりません。 その戦いが、延々と続きます。 私は、ヒートアップして、ついつい言ってはいけないことまで口にしてしまうのでした。

「小説を読んだことがあるのか」「あなたは若くて人生経験が少ないから、わからないのだ」 など。言ってしまってから、「あっ」と思うものの、覆水盆に返らず。 電話と電話の間に、嫌な空気が流れます。 (ああ、怒らせたな)でも、さすが編集者です。腹が立っているに違いないのに、 冷静に冷静に、根気よく私を説得します。

さて、そんな中、一冊の本に出逢いました。 売野雅男著「砂の果実 80年代歌謡曲黄金時代疾走の日々」(朝日新聞出版)です。 あまりご存じのない方でも、売野雅男さんが作詞を手掛けた作品を列挙したら、 「ええ!これもそうなの?」と驚かれるでしょう。 「少女A」中森明菜 「涙のリクエスト」チェッカーズ 「2億4千万の瞳」郷ひろみ 「六本木純情派」荻野目洋子 「Somebody’s Night」矢沢永吉 「夏のクラクション」稲垣潤一 そんなヒットメーカーの、創作秘話をつづられているのですが、 その中で、驚くべきエピソードに目を見開きました。 「涙のリクエスト」が大ヒットし、チェッカーズは一気にスターになります。 次の「哀しくてジェラシー」「星屑のステージ」とヒット作が続きます。
そして、チェッカーズとしては、五作目となる作品の制作に入った時のことでした。 このシングルが、チェッカーズとしては勝負曲であり、 彼らの未来を決定するといってもいい、妥協を許さない企画だったといいます。 そんな中、売野雅男さんは、プロデューサーの芹澤廣明さんに4回書き直しさせられ、 5回目に書いた歌詞が、ようよく採用されたと告白しています。

第一稿に10日。 その後、第二稿から五稿までもそれぞれ3日で新しい詞を書く。 売野さんは、3週間、この歌のことだけを考えていたそうです。 途中、第四稿で、「サビの一行目は、女性の名前を入れてくれませんか」 となどいう提案をされる。やりとりがあって、 「ジュリア」に決まったそうです。 これが、「ジュリアに傷心(ハートブレイク)」。 人気アーチストだから、何をしても売れるだろうから「適当」なのではなく、 人気アーチストだからこそ簡単に、これで完成ということなく「徹底」して考える。 その末、大ヒット曲が生まれるわけです。

この知られざるエピソードを読んで、私は恥ずかしくなりました。 「あの」売野雅男さんですから、ここまで書き直しさせられているのだ。 「賞」の一つを取ったこともない、たまたま連載小説を書かせていただくチャンスをもらった新人が、いったい何をほざいているのだ。 もう恥ずかしくてなりません。 それだけではありません。売野さんは、実に謙虚なのです。 プロデューサーの文句の一つも言わない。反論もしない。それに引き替え、私ときたら・・・。

さて、短編連載小説「八起の人々」です。 編集者の執拗なまでの「こだわり」による校正・修正の結果、 おかげさまで、50万人読者の方々から好評で、 「よかった!」 「今月も泣きました」 「あったかくなった」 という声が続々届いています。 半人前にすらなっていない私を鍛えてくれた編集者のおかげです。 まだまだ、連載は続きます。けっして「ムッ!」とせず、 素直に受け入れて、よりよい小説を書いていきたいと思います。