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小冊子_表紙「ギブギブ」

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第1110号 ちょっといい話『今が一番幸せ』志賀内泰弘

昔、サラリーマンをしていました。久しぶりに、ぶらりと元の職場を訪ねました。 仲が良かった同期の友人と応接室で話をしていると、 「あいつが来ているらしい」と噂を聞きつけて、先輩や後輩が覗きに来てくれました。

その中の一人。A先輩は60歳の定年を過ぎ、嘱託の契約社員として働いていました。 「まだ働いておられたんですね」 と、特に深い意味もなく尋ねると、 「家に居てもやることがないからね」 と言います。係が違ったので、上司と部下という関係ではありませんでしたが、 同じ職場で一つの目標に向かって、日々戦うようにして働いていた頃を思い出しました。

あの頃、Aさんは、実に仕事がよくできて、トラブルを解決する名人でした。 しかし、目の前のAさんは、別人のようです。なんというか、顔つきに精彩がないのです。 「ゴロゴロしてると、奥さんに邪魔者扱いされるからね」 「何かやりたいことはないんですか」 「いやあ~、別に・・・。キミみたいに、物を書いたりする才能もないし、趣味もないし」 「だって、お金に困っているわけじゃないでしょ」 と言うと、 「そりゃそうだれど」 Aさんは、元々裕福な土地持ちの家柄であることを耳にしたことがありました。 「まあ、健康のためかな、会社に来るのは」 聞けば、健康診断を受けると、あちこち数値で指摘は受けるけれど、 大きな病気にはかかっていないそうです。

私は思いました。なんてもったいない。 健康で、金銭的にも余裕がある。でも、自らすすんで「やりたいこと」がない。 何より残念だったのは、どうみても「楽しそう」に感じられなかったのです。 「幸せそうに」思えなかったのです。

同じように、定年退職はしたけれど、地域のボランティアなどをして活躍している友人・知人が大勢います。 その中の一人、杉浦康司さんは、大手自動車部品メーカーを定年後、 地元で「大草尋常笑楽校」なる学校を作りました。場所はお寺の本堂です。

「笑い」がテーマの学校で、地域の人たちに愉快に笑ってもらい、 朗らかに健康になってもらおうというのが設立の趣旨です。 よって、入学試験はありません。 ある日の授業科目です。

1時限目 地元の小学生のよる「三河万歳」。三河万歳とは、三河地方に伝わる正月の祝福芸で、       国の重要無形民俗文化財です。現在の寄席の「漫才」のルーツかもしれません。 2時限目 「保健体育」は、心理学博士による「健康と笑い」という講義。 3時限目 「腹話術とマジック」 4時限目 「落語」

もちろん、給食の時間もあり、お弁当をみんなで一緒に食べます。 授業の始まる前には、杉浦校長の「ありがたい(おもしろい)話」も。

この杉浦さん、定年してから本格的に英語の勉強を始めました。 それも、カナダ、ハワイ、オーストラリアなど世界各国へ短期留学を何度もして、 生の英語を学んでいるのです。

「なんて幸せな人だろう」と思います。いつ会っても「幸せそう」な顔をしています。 定年になっても、勉学を欠かさず、地域のために活動をしている。 しかし、何不自由ない暮らしをしているわけではないのです。

定年後に、庭の柿の木の剪定をしていた時、脚立から落ちてしまい、頸椎を損傷。 入院・リハビリするも両手の痺れは解消せず、両足の神経は正常な働きができず、 熱さ・痛さを感じることができなくなりました。 それでも杖を味方にして歩けるようになりました。 そうなのです。海外留学も、杖を突きながら一人で出掛けるのです。

さて、「MASTERキートン」というコミックをご存じでしょうか。 映画化もされた「20世紀少年」や「YAWARA!」などで有名な浦沢直樹さんの作品です。 その中の物語の一つに、96歳の老人が登場します。

バス停のベンチで、この老人がタバコを吸っていると、中年の男性が隣に座りました。 男性が聞きます。 「じいさい、そんなに長い間生きてきてどうだった?」 老人は、答えます。 「楽しかったよ」   さらに尋ねます。 「いくつの時が楽しかった?」 「・・・今だな」 「退屈じゃないかい」 「退屈? 退屈なんてしてる暇なんぞあるかい。生まれてよかった。  とても楽しい人生ってやつさ。これからもずっと楽しいに違いない・・・」 そして、その翌日、老人は亡くなりました。葬儀の場で、奥さんがこう言います。 「どうだい、私の亭主、いい死に顔だろう?」

幸せって何だろう、と思います。自分が幸せだと思えるかどうかが一番の問題。 幸せだと思えるには、精一杯好きな事をして、人に喜んでもらえることをして、 人から「楽しかったよ」「ありがとう」って、いつも言われることではないかと思います。 杉浦康司さんのように。

自分が仮に今、何歳だとしても 「いくつの時が楽しかった?」 「・・・今だな」 と言えるように生きたいものです。 ということで、私も、今日・・・いや「今」この時を逃さぬように生きます。 なかなか、「できない」ので、こうして書いて、自分自身の心を叱咤激励しているのですが。