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第1666号 ちょっといい話『心に焼き付けておくからいいの』志賀内泰弘

カフェに入ってコーヒーを飲んでいたら、隣りの席の若い女性たちの会話が聞こえてきました。けっして、聞き耳を立てていたわけではなく、「聞こえてしまった」ので、ご勘弁ください。

彼女たちのテーブルに、デコレーションされたパンケーキが運ばれてきました。いや~おいしそう。すると、みんなバッグからスマホを取り出して撮り始めました。SNSにアップするためでしょうか。角度を変えたりして、何枚も撮っていました。四人のうちの一人が言いました。

「○○ちゃんも撮ったら?」
すると、「○○」と呼ばれた女の子が答えました。
「いいの私は」
「なんでー」
と別の子が言います。
「心に焼き付けておくからいいの」
「何それ、ヤバイ、カッコイイ!」
「別にそんなんじゃないけど・・・」

一人だけ、写真を撮らなかった女の子の真意はわかりません。でも、すごくわかる気がしました。旅行に出掛けると、ついつい写真を撮りたくなります。新しいカメラを買ったり、スマホを新機種に変更したりした後は、いつもより写真をたくさん撮ってしまいます。

でも、写真を撮ることに夢中になり、その場で景色を「味わう」ことを忘れてしまいます。カメラには記憶するけれど、心には記憶しない。なんとももったいない話ですが、ついつい「ああ~キレイだな」と思うと、写真を撮ってしまいます。

司馬遼太郎さんが「街道をゆく」(五巻)で、モンゴル国を旅した時のこんな話を書いています。毎年、7月11日の革命記念日に開催される大競馬には、5歳から7歳の少年少女が務める騎手が千騎以上が参加します。

50キロを走破し、首都のウランバードル校外のゴールに向かって駆け抜けてくる。それをゴールの大天幕の席で待っていると、モンゴルの人たちがどよめきます。どうやら、先頭の一騎が姿を見せたよう。でも、招待された各国の外交官の人たちには、さっぱり見えない。見えないどころか、よほど経ってから、ようやく目のいい人が「たしか、あれのように思えるが」と言いだす。なんと、モンゴルの人たちと見えるまでに10分くらいの開きがあるそうです。モンゴルの人たちは、それくらい目がいい。

「はるか昔、遊牧民であるモンゴル人はヨーロッパまで押し寄せた。その間、遠征軍と本国のあいだに伝令が往来しまた。伝令たちはユーラシア大陸を一騎ずつ駆けに駆けてゆくのだが、だれも道を間違う者がなかったといわれる。写真にとれば、何十万枚にものぼるであろう途中の景色をみな記憶してしまっていたらしい」

モンゴルの遊牧民は、自分の飼っているラクダの顔を全部覚えているといいます。それだけではない。友達のラクダの顔も覚えているというのです。それは覚えていないと生活ができないという「必要性」があるからしい。遠目がきく、という視力が優れているだけでなく、記憶力もいいのだといいます。

それに引き替え、私ときたら・・・。パソコンのワープロソフトのせいで(おかげで)、漢字が書けなくなる。カーナビのせい(おかげで)、道順が覚わらない。電卓のせいで(おかげで)、暗算ができなくなる。便利を一つ手に入れると、何か大切なものを一つ失う。それがわかっていても、便利に手を出してしまう。

司馬さんの文章を、もう一か所抜粋させていただきます。「ウランバートルで知り合った政府関係の雑誌編集者が、『日本人の目はだめだ』と、すこし酔っぱらってはいたが、からむように私に言った。
日本人はメガネをかけている。それだけでなく、カメらを持っている。モンゴル人は写真機を持つこともきらいだが、写されることもきらいだ、という。『モンゴル人の目は写真機を必要としない』と、いう。『この二つの目で』と、かれは自分の両眼を指さしながら、『覚えてしまうのだ。人の決して忘れない』景色もそうだし、人の顔もそうだ、とかれはいった」

ところで、写真を撮らなかった件(くだん)の女の子は、目がいいのかな。記憶力もいいのかな。何より、仲間に流されず、自分の「生き方」を貫いているようで輝いて見えました。