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第1408号 書下ろしショートストーリー『きなこのクリスマス その3』志賀内泰弘

書下ろしショートストーリー『きなこのクリスマス その3』志賀内泰弘
 
《その1は下記で読めます》
http://www.giveandgive.com/iihanashi_top/kokoro_mailmag/vol_1406.html
 
《その2は下記で読めます》
http://www.giveandgive.com/iihanashi_top/kokoro_mailmag/vol_1407.html
 
友達もいたし、クリスマスには、友達の家に呼ばれてパーティもした。
今は、友達が一人もいない。でも、中学に入っても、友達なんかいらない。
そんなことより、どうしたらいじめられずに済むかだ。ただ、それだけ。
 
後少し、後少し・・・我慢すれば中学生になる。
そうしたら、一からやり直すのだ。
 
教室に入る時、
「おい、きなこ」
と声を掛けられた。ドキッとして立ち止まった。
その声の主は智久君だった。怖くて、返事ができなかった。
「お前も、俺たちと同じ中学へ行くんだろ?」
「・・・」
「まさか、中学生になったら、俺たちから逃れられると思っているんじゃないだろうな」
ニヤリと笑うと、智久君は美雪追い越して教室に入って行った。
入口のところで、美雪は震えながら立ち尽くした。
(そんな・・・)
美雪は、すべての希望を失った。
後少し、後少し・・・と思って耐えてきたのに。これを絶望というのだろうか。

何がクリスマスだ。
クリスマスは、キリスト教の神様の誕生日を祝う日だと聞いたことがある。
何が神様だ。
神様なんてこの世にいるわけがない。
クリスマスなんて大嫌いだ。
 
「お~い、きなこ! 何、ボーッとしてる。教室に入りなさい」
小野田先生に呼ばれて、美雪はハッとした。
クラスの全員が席に着いている。慌てて、自分の席へと駆けた。
 
小野田先生が、通知表を渡し始めた。
「J1」
「はい!」
そう呼ばれて、浅田智久君が教壇へ小走りに向かう。
小野田先生は、クラスのみんなの人気者だ。
なんでも、心の距離を近づけるために、
一人ひとりをあだ名で呼ぶことにしている。
 
智久君は、将来、Jリーガーになるのが夢なので、
「J1」というあだ名なのだ。
「コーターロー」
「あっちゃん」
「ハカセ」
次々に男子の名前が呼ばれる。みんな、通知表を受け取ると、こそこそと覗き込む。
「テッパン」
「家康」
「ロバート」
教室中が、ざわざわする。
女子の番になった。
「アン」
「姫」
「ピアノ」
美雪は、先生に呼ばれる度に死にたくなる。
なぜ先生はわかってくれないのだろう。
そう思いつつ、順番を待つ。
「きなこ」
「はい・・・」
美雪は、椅子を少し引いて、ふらりと立ち上がった。
(もうどうでもいい。中学になっても、みんなにいじめられるんだ。
 中学になっても、「きなこ」って呼ばれるんだ。
 死にたい、死にたい・・・死んでしまいたい)
 
その時だった。
「先生、きなこじゃありません」
美雪は、教壇へと向かう足が止まった。
小野田先生が、声の方を向いて言う。
「どうした? マコト」
「先生、佐藤さんは、きなこじゃありません。
 佐藤さんは、佐藤さんって呼んであげてください」
何が起きたのか、誰もが理解できなかった。
クラスの全員がおしゃべりをやめて、誠に注目した。
顔が真っ赤で、少し震えているみたいだ。
 
小野田先生は、急なことに戸惑いながらも、
誠と美雪の顔を交互に見ながら言った。
「先生は、きなこが好きだぞ。佐藤さんも、きなこが好きなんだろう?
 もうすぐお正月だ。俺は、きなこ餅が楽しみでな。
 好物が一緒でうれしくて、愛情を込めて『きなこ』って呼んでるんだ」
誠が、バンッと机を叩いて立ち上がった。
みんなが、何事かと息をのんだ。
「違います! 先生。それは誤解なんです。
 きなこは・・・いえ、佐藤さんは、
 きなこなんて好きじゃないんです。
 ううん、きっと、きなこが大嫌いです」
「何言ってんだお前」
「何もくそもないんです。先生!お願いです。
 本当の名前で呼んでやってください。佐藤さん・・・とか美雪って」
誠から漂ってくる張りつめた空気が、教室全体に広がった。
誰もしゃべらない。誰もが緊張しているかに見えた。
 
そんな中、智久が誠を睨んだ。誠は、一瞬ひるんだかに見えたが、
キッとした表情で智久を睨み返すのが見えた。
美雪は、どうしていいのかわからず、教室の真ん中で立ち尽くした。
先生が、沈黙を破って口を開いた。
「ごめんな、佐藤さん。俺が早とちりしたみたいだな」
「・・・」
美雪は、先生の瞳を恐る恐る見やった。
「長い事、嫌な思いをさせたな。先生が悪かった、ゆるしてくれな」
「・・・」
「今日から、ミユキって呼んでもいいか?」
美雪は、
「はい」
と答えるのが精一杯だった。
 
ついさっきまで、死にたいと思っていた。
それなのに、この気持ちは何なのだろう。
心の奥底から、何だかわからないけれど、喜びが湧いてくる。
美雪が、誠の方に視線を向けると、
身体がブルブルと小刻みに震えているのがわかった。
 
美雪は思った。
クリスマスなんか嫌いだ。神様なんてこの世にいない。
ううん、それは間違いだった。サンタさんはいる。神様はいるんだ。
拭っても拭っても、瞳から涙が溢れてきた。
「ミユキ、ごめんな。思いっきり泣いていいよ」
気が付くと、小野田先生が大きな胸で
包み込むようにして抱きしめてくれていた。
 
教室の窓の外では、いつのまにか雪が降り始めていた。
でも、そのことに誰も気が付かない。
なぜなら、クラスの誰もが目を真っ赤に腫らして泣き出したからだ。
 
クラスのみんなの心の中に、チャペルの音がこだました。
そして、サンタさんの声が・・・。
「メリークリスマス!」
と聞こえたような気が・・・した。
 
《終わり》