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第828号 ココロのメルマガ小説『ずっとずっと決めていたこと 後編』志賀内泰弘

高橋のお婆ちゃんに、そんな心を読まれてしまったようだ。

「・・・で、でも」
「あんた、なんで介護用のおむつばっかり、たくさん買い込むんだろうかって、
 不思議に思っているんだろう」
「え?・・・は、はい」
「あまり人には言わんでな」
「・・・」

彩也香は、真顔のお婆ちゃんを見つめた。
とても認知症の人には思えなかった。

「お爺さんはな、寝たきりになってしもうたがな、
 ちゃんと毎日、わたしと話をしてくれとる。
 めったには出掛けなかったけど、
 宮崎とか北海道とかに旅行に行ったことは何度も話すんだ。
 楽しかったな~、美味しかったな~、てな。
 そんな同じ話ばかりしてもうすぐ7年が経つんよ。長いようで短いなあ。
 お爺さんにはな、これからもずっとずっと長生きしてもらいたいんよ。
 私よりも先に死なれたら、辛くてたまらん」

彩也香は、とつとつと話すお婆ちゃんの瞳を見つめていた。

「おむつがなぁ。1ヶ月分しか家にないとな、不安になるんよ。
 あと1ヶ月しか生きていられんような気がしてな。
 2ヶ月分しかないと、あと2ヶ月で死んでしまうような。
 それでなぁ。3ヶ月月分、4ヶ月分とな、だんだんと増えていってしまって、
 とうとうお座敷いっぱいになってしまったという訳なんよ。
 たぶん、1年分くらいはあるんじゃないかな。
 でも、まだ不安なんよ、わたし。
 お爺さんには、1年ばかりじゃなくて、何年も何年も生きていて欲しい。
 下の世話もわがままも何でも聞いてやるから」

彩也香は言葉を失い、ただそこに立ち尽くした。
気が付くと、頬に一筋の涙が伝っていた。

それから、半年ほどが経ったある日のことだった。
高橋のお婆ちゃんの旦那さんは、風邪がもとで気管支炎を患い、
あっという間に亡くなってしまった。

そしてそれから2週間後、お婆ちゃんが店にやってきた。

「ユタカさん、ありがとうね。おかげで、お爺さんも天国に安心して行けましたよ」

思うよりも元気そうでホッとした。

「そろそろ、片づけもしなくちゃならんのだけど、なかなか手が付かんくてね」
「しばらく、ゆっくりして下さいよ、お婆ちゃん」
「うん。でもな、野菜はどんどん芽を出すしな、畑仕事は休めん」
「そうですね」
「ところでな・・・ちょっとな、あんたに相談があるんよ」

「相談」と言われて、彩也香は少し嬉しくなった。
何にも役に立てずにいる自分に苛立っていたからだ。

「あのなぁ、あのお座敷のおむつなんだけど、一緒に手伝って処分してもらえんかなぁ。
 いつか、わたしが必要な時が来るかもしれんけど、あれを見ると、
 お爺さんのことを思い出して辛くてなあ」
「もちろんです。もしよかったら、返品に応じさせていただきます」
「え? 返品??」
「はい。たしか、レシートをきちんと保管していらっしゃいましたよね、お婆ちゃん」
「あ、うん・・・お爺さんの癖で、菓子箱に全部入れてあるよ」
「1年前のものは返品できないっていう決まりはありませんから」
「え? 本当にいいんかい・・・会社から叱られん?」

それは彩也香が、ずっとずっと前から決めていたことだった。
残念ではあるけれど、きっとこの日が来ることを考えていた。

「お爺ちゃんが亡くなられて、年金だけじゃますます生活がたいへんでしょ。
 返金分で、お孫さんに何か買って差し上げてください」

高橋のお婆ちゃんはうつむいて動かなくなってしまった。
足元の床に、ポツリポツリと、涙が落ちた。
彩也香は、それを見て見ぬフリをして大声で言った。

「今日は、カボチャの料理でも作ろうかな。
 美味しい煮物の作り方、教えてもらえますか?」

《終わり》

※この物語は、岐阜県大垣市に本社を置く(株)ユタカファーマシーが
展開するドラッグユタカで実際にあったエピソードを元に小説化したものです。