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第1039号 【年末最終号】ちょっといい話『一年の無事を感謝して終わる』志賀内泰弘

このところ、続けて小・中学校で講演させていただきました。 ご依頼いただいた先生からの要望や、講演時間、 対象となる学年によっても話す内容を変えなければなりません。 そのため、毎回、毎回、オリジナルのメニューを作りました。

でも、すべての学校で一つだけ、同じ話をしました。 「ありがとう」 という感謝の大切さについてです。 ある中学校では、事前にペンとメモ用紙を用意しておいていただき、 「今から、3分間時間を差し上げます。『○○にありがとう』という、 『○○』というものをたくさん書きだしてください。 例えば、『お母さん、いつも朝ごはんを作ってくれてありがとう』 というように。 『今日は天気良くてありがとう』なんていうのもオーケーです」 と問題を出しました。 生徒だけではありません。体育館の後ろに座った保護者の皆さん、 横で立っておられる先生方にも参加していただきます。

さて、たった3分間なのに、17個も書いた生徒がいました。 大人の集まりで同じことをしても、「何を書いたらいいんだろう」 「ありがとう、なんてあったっけ?」とペンが止まってしまうものです。 素晴らしい。

別の中学では、マイクを向けて、 「最近、君はどんな時に『ありがとう』って言いましたか?」 と尋ねました。 すると、 「隣の子が消しゴムを貸してくれた時です」 「気分が悪くなった時、肩を貸してくれたことです」 などという答が返ってきました。 また、保護者の方(お母さん)にも尋ねたら、 「うちの子がお風呂掃除をしてくれた時です」 と、嬉しそうに答えていただきました。

ここで、皆さんに、こんな話をさせていただきました。 「いいですか、みなさん。気付きましたよね! 今の答えのすべてに共通する言葉があります。 それは、『くれた』です。消しゴムを貸して『くれた』時。 肩を貸して『くれた』時。掃除をして『くれた』時。

どれも、人から何かしてもらって嬉しかったから『ありがとう』って言うんですよね。 でもね、今日のお話は違うんです。『ありがとう』には、別のバージョンがあるんです」

そう言って、600名の生徒(小学6年と中学1年)、 先生、保護者のみなさんに、もう一つの質問をしました。 「『ありがとう』の反対語は何か知っていますか? 反対語はわかりますね。黒と白、天と地、大と小・・・。 でも、これは国語の問題ではありません。心の問題です」

(以前、月刊紙「プチ紳士からの手紙」でも書いたことがありますし、 自己啓発の勉強をしておられる方は即答されることでしょう)

これは、12、3歳の子どもには難し過ぎる質問だろうと思いました。 ところが、パッと手を挙げた男の子がいたのです。 びっくりして、椅子の隙間を縫って駆け寄りマイクを向けました。 その子は、真面目な顔つきで答えてくれました。 「『当たり前』です!」 「正解です!!」 思わず握手を求めていました。 「でも、なぜ知っているんですか?」 「はい、バスケの顧問の先生から教わりました」 侮っていたことを恥じつつも、みなさんに説明をしました。

「人は、『当たり前』だと思うと、感謝しなくなります。 いいですか?みなさん、ここで手を挙げてください。 指は5本ついていますか?両手はありますか? ここまで、どうやって登校しましたか? そうです。歩いて来ましたね。自転車で来た人もいるでしょう。 ということは、足があるということです。 息をしてますか?息をしないと死んでしまいます。 目は見えますか?耳は聞こえますか? それは『当たり前』だと思っていませんか? いいえ、『当たり前』ではないんです。 世の中には、目の不自由な人もいます。足の不自由に人もいます。 今、こうして生きていることも『当たり前』ではないんです。 今年、各地でさまざまな災害が起きました。 広島や長野県南木曽町の土石流。御嶽山の噴火。 何人もの人が亡くなりました。 そう、東日本大震災を覚えていますね。 ついさっきまで、一緒に笑ってご飯を食べていた家族や友達が亡くなりました。 さっきまで生きていた。誰が、自分が死ぬなんて想像したことでしょう。 いいですか? 『当たり前』ではないんです。生きていること、目が見えること、歩けること。 そうそう、家に帰れば、お父さん、お母さん、おじいさん、 おばあさん・・・と家族がいますね。それも『当たり前』ではないんです。 だから!だから!『当たり前』だと思っていることに感謝しましょう。 『当たり前』だと思っていると、「ありがとう」が言えません」

ちょっと刺激が強すぎたのでしょうか。 子どもたちはシーンとしてしまいました。 でも、話を続けます。

「いいですか?人が『何してくれた』ときに『ありがとう』というのは、当たり前です。 「ありがとう」には、次のステップがあるのです。何でもないと思っていること。 普通の事。当たり前のことに気付いて、『ありがとう』と言うのです。 すると、幸せになれるのです。今日、家に帰ったら、お父さんでも、お母さんでもいい。 『ありがとう』って言ってみてください。できたら、その理由を付け加えてください。 『いつもご飯を作ってくれてありがとう』とか『休みの日に遊んでくれてありがとう』とか。 きっと、急に何を言い出すんだと、キョトンとして奇妙に思われるかもしれません。 でも、ひょっとしたら、お父さんやお母さんは泣いちゃうかもしれません」

さてさて、こんな話をしている志賀内ですが、 自分はどうかというと感謝の足りない毎日です。 病気やトラブル、ミスや失敗にばかり目がいき、 「今ある幸せ」を忘れてしまいます。 もうすぐ、今年も終わります。 とにもかくにも、今日まで生きて来られたこと。 それだけで十分。 ああ、歩けてよかった。ご飯が食べられてよかった。目が見えてよかった。 何より、生きていて良かった! たくさん不平不満を抱いてきました。

不平不満と言えば、除夜の鐘の108の煩悩です。 煩悩があるということは、言い換えれば 「感謝が足りない」「当たり前のことに感謝できていない」ということです。

除夜の鐘を聞きながら、いったんリセットして、 『今年もありがとう!』と言って、一年を終わりたいと思います。

当メルマガも、これが今年最後。 みなさんに、良い年が訪れることをお祈りしています。