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第1605号 ちょっといい話『手本になるまで』志賀内泰弘

(株)リウエン商事さんは、ケンタッキーフライドチキンや
ドトールコーヒーの加盟店を十数店舗も沖縄県で展開しています。
それぞれのお店の店長・副店長さんが集まる月に一度の会議では、
全員から「いい話」を報告してもらうコーナーがあります。
今日は、その「いい話」の中から、KFC宮古店 川満徳子さんの
お話を紹介させていただきます。

*   *   *   *

「見本じゃなく手本になるような人になれ」

亡き父が時々口にしていた言葉だ。
昭和一桁の頑固一徹な仕事人間。酒好きで、無愛想で短気で声が大きくて、
まさに地震、雷、火事、親父。いや、ゴロは悪いが、
親父、地震、雷、火事の順番の場合も多々あった。

その反面、情が深くて涙もろい恥ずかしがり屋。
酔っては友達を家に連れてきて、気分が良くなると大声で歌い、
感情が高ぶると男泣き。現代だと離婚の原因になる項目が勢ぞろいだ。

こうして書いているだけでも面倒くさくて難点だらけの様な父だが、
父親として、男として、人として、父以上の人に出会ったことは無い。
七人の子供を育て上げ、一代で始めた自営業を兄に託し、
晩年は家族の勧めるままに、週三回のリハビリを兼ねたデイケアに通う生活。
そんな父も半年前に八十八年の生涯を終えた。

五十数年前に離島から宮古島に移民し、山林を開拓、
当時移民してきた男衆で一軒々の家を建て、四十世帯の集落ができた。
子供の為、家族の為、地域の為と苦労を苦労とも思わず、
ただひたすら働き続けた人生だっただろう。

縁の下の力持ちである母に支えられ、口の悪さは直らなかったが、
母を悪く言うことは無かった。兄と取っ組み合いのケンカもしたが、
兄嫁の事は、一人娘の事よりも大事にした。
母が大病を患った時には、身動き取れない自分と葛藤しながら泣いていた。
入院中のリハビリになるからと渡したノートには、
家族の名前と、中途半端なページに母にあてた感謝の言葉が書かれていた。

昭和一桁の頑固一徹な仕事人間。
酒好きで、無愛想で短気で声が大きくて泣き虫で、
面倒くさい難点だらけの様な父。
そんな父が私のお手本です。

*   *   *   *

よく、昔から言いますよね。
子供は親の背中を見て育つ。
お父さんの背中は、苦労の連続の人生を表しておられたに違いありません。
「そんな父が私のお手本です」
という最後の一文が、心に沁みました。

志賀内の父親も、一刻者(頑固者)でした。
かなり反発もし、言い合いもしました。
でも、間違いなく、心の中に
「お手本」として生きています。