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第1742号 ほろほろ通信『席を譲る』志賀内泰弘

常滑市の白川由紀子さん(56)が電車に乗っていた時のこと。「どうぞここに座ってください」という男性の大きな声が聞こえた。少し離れたところに立っていた初老の女性に席を譲ったのだった。その女性は「すぐですから…」と遠慮した。「私はまだそんな年ではありませんからお気遣いなく」と言っているかのような凛とした雰囲気があった。その男性からすると自分の母親くらいの年齢に見えたのかもしれない。でも男性の優しさが伝わってきた。

さて、10年以上も前のことだ。白川さんは当時80歳半ばになる母親と月に一度、二人の住まいの真ん中に当たる名古屋市中区の金山駅で待ち合わせをして買い物や食事を楽しんでいた。高齢なのでいつも帰り道が心配だった。

ある時、いつものように駅の線路を隔てた上りのホームから、下りのホームの電車に乗り込もうとする母親を見送っていた。込み合った電車のドアガラス越しに、手を振る姿が見えた。電車が動き出した瞬間、母親の姿が消えた。車窓には代わりに、すくっと立ち上がった茶髪の若い男性が見えた。席を譲ってくれたのだと分かった。それはまるで、年老いた母親の帰路をおもんぱかる白川さんの気持ちを察してくれたかのような行動で、目頭が熱くなった。

「席を譲るのは難しい。でも、ちゅうちょしないで譲った人も、ちゅうちょして譲れなかった人も、みんないい人。親切は形にならなくても、思いやりの心、感じる心を持つことが大切だと思います」と白川さん。思わずうなずいてしまった。

<中日新聞 掲載2008年5月25日>