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第1460号 ほろほろ通信『母が買ってくれた靴下』志賀内泰弘

名古屋市緑区の小林久夫さん(76)は、五歳の時に終戦を迎えた。
当時、家族は父母と五人の兄弟。久夫さんは上から四番目。
幼いながらも、農業を営む父を手伝っていた。

貧しくていつもおなかをすかせていた。
米も作ってはいたが、それは売り物。自分たちはもっぱら麦飯だ。
学校で弁当箱を開けると、麦飯と煮干しだけのものだった。
靴など一足もなく、どこへ行くにもわら草履。
そのわら草履も、久夫さんが自分で編んでいた。

衣類は、一番上のお兄さんのお古が順に下に降りてくる。
「おさがり」だ。ところが、三番目のお兄さんは体が弱く、成長が遅かった。
そのため、四番目の久夫さんまで「おさがり」が回ってこない。
仮に回ってきても、体の大きかった久夫さんには小さ過ぎて、
すぐに破れてしまった。それでも愚痴一つ言ったことはなかったという。

久夫さんが小学校の卒業式で、総代に選ばれた時のこと。
お母さんが初めて靴下を買ってくれた。たぶんご褒美のつもりだったのだろう。
それまで靴下を一度も履いたことがなく、
一年中、はだしの生活だったのでうれしかった。

卒業式の日だけ、二番目のお兄さんにズック靴を借り、靴下を履いて出かけた。
ところが、粗悪品だったのか帰り道には靴下は破れてしまったという。
帰宅すると、再びはだしとわら草履に逆戻りした。

「就職し、不自由なく暮らせるようになった頃の事です。母親に言われました。
『お前よおー今はいい服きてるけど忘れちゃいかんぞ、あの頃のこと』と。
母親との忘れられない思い出です」
と久夫さんは話す。

<中日新聞掲載 2017年3月5日>