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第1636号 たった一言でコンテスト★ホスピタリティ賞★ 「これから先、感じるままに生きろ」

<掲載時のお名前>徳永治さん
<年齢>73
<性別>男性
<住所>広島県東広島市

<心に響いた「たった一言」>
「これから先、感じるままに生きろ」

<「たった一言エピソード」>
私は七十三歳もう二ケ月あまりすれば七十四歳になります。
「心に響いたたった一言」の投稿のサイトがありましたので、
少しばかり書いてみようと思います。

今から四十年あまり前のことでありますが、いつも相談に乗っていただいた、
あるある方から「これから先、感じるままに生きろ」と言われました。
その方とはもうお会いできません。
そのときは、さほど気にしていませんでしたが、
このたび、このような作文をする機会をいただいて
「考えて生きろ」ではなく「感じるままに生きる」ということを考えてみました。
人は生きて行くために、日々の出来事に当たって考え、
何らかの判断し事を進めなければなりません。

この日常の判断、あるいは人生の岐路に立った時の判断のとき、
自己中心の損得や勝ち負けで決めているのではないでしょうか。
私がそうですから、皆さんも同じような考えではないかと推測しています。

「考えて生きる」のであれば誰しもしていることで
取り上げる必要はないのですが、
「感じるままに生きる」ということを考えたとき、
感じるということの意味の深さを感じざるを得ません。

私は、「感じるとは人の心の底にある真相あるいは真心からの声を聞く」
ことだという思いにたどりつきました。
人にはだれしも美しい心、優しい心、慈悲深い心、を持ち合わせています。
人間には、このような、共通の心の持ち合わせが備わっています。

現代社会では、それが日常の生活や他者とのやり取りの間に、
自己中心の損得や勝ち負けの感情で物事を
判断しなければならないようになってしまっているのじゃないかと思います。
石器時代、縄文時代あるいはそれ以前の人間は、
自然の声を聞き、自分の真心の声を聞いて生活していたと思います。

私にとって残りの人生はあまり多くはありませんが、
人間の本来備わっている自然の声を聞き、自身の真心の声を聞きながら、
人にやさしく、自然にも想いやる心の人間本来の真の道に
従い生きていこうと考えております。
皆さんも、一度考えてみてはいかがでしょうか。