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- 第 93 話 -  『こぼれたグラスの水』 
  『こぼれたグラスの水』


          宮崎支部 中元康夫さん


学生時代、大阪のレストランで
アルバイトをしていたときのこと。

見るからに暴力団風の男性と、
連れの女性のお客さんが入ってきました。

私の担当テーブルだったので、
おしぼりとお冷を持っていきます。

まだ新人で慣れていなかったこともあり、
私はそこで大失敗をやらかしてしまいました。

なんと、水の入ったグラスを女性の服の上に倒してしまったのです。


 「キャー!」


と叫ぶ女性、私を鋭い目つきで睨む男性。
私はもちろん真っ青、
他のバイト生たちにも緊張が走りました。


 「も、申し訳ありません!」


そう言いながら、私はあわててこぼした水を拭きました。
ウェイターとして、最悪の状況です。
皆の視線を浴びながら、
今度は顔が真っ赤になるのがわかりました。

すると、その女性が、


 「ええわええわ、水やから大丈夫」


と、あっさり許してくれたのです。
強面の男の人も意外といい人で、特に何も言いません。


 「クリーニング代を…」


と申し出ても、


 「いい服とちゃうし、気にせんといて」


と、彼女は受け取ろうとしませんでした。


あれから20年。
私はいくつかのレストランで、
今度は逆に客の立場で、同じ場面に出くわしました。
思わず、苦情を言いそうになったこともあります。

しかしその度に、あの一見怖そうなカップルのことが
頭に浮かぶのです。

焦ってオロオロする若いウェイトレスさんに、


 「気にしないで、これから気をつけて」


と、笑顔で声をかけるのです。

これはもちろん、
私がもともとそういう対応のできる人間だからではありません。

かつて人にそうされたから、
お礼の気持ちで自分もそうしているだけです。


 「いつか彼らが逆の立場になったとき、
  同じようにしてくれたらいいなあ」


そう願いながら。
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