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| - 第 71 話 - 『母のこと』 |
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『母のこと』
編集長・志賀内泰弘
皆さんは、この一年、良い年でしたでしょうか。
新聞では、「今年の重大(十大)ニュース」が話題になります。
と同時に、個人でも指折り数えて、自分自身や家族にとっての
十大ニュースを考えている方も多いことでしょう。
私事ごとで恐縮ですが、今年の春に母を亡くしました。
それは、言葉に尽くせぬ、悲しい出来事でした。
以来、思い出すのは、母の思い出ばかりです。
幼いころ、私が風邪をひいて寝込むと、
母は葛湯を作ってくれました。
とはいっても、本物の葛ではありません。
カタクリ粉にお湯を注して、砂糖を溶かしたものです。
別に、簡単な食べ物ですが、元気なときに自分で作ってみたら
上手く作れないです。ちっとも美味しくありませんでした。
時が経って思うのは、それが、お袋の味だったということです。
最近、家の近所にある和菓子屋さんで、葛湯を買ってきました。
こちらは、本物の葛100%です。
湯を注いで、スプーンでかき混ぜます。
とろりと透明な葛湯が出来上がりました。
ひと匙、口にして、また母のことを思い出しました。
母はいつも、
「感謝しないかんよ」
「おかげさま、おかげさま」
と言っていたことを。
私が、愚痴を言ったり、生意気なことを言うたびに、
「今日、生きさせてもらっているだけで、もったいない」
とも。
ちょっと年寄り臭いけど、一句浮かびました。
葛湯吹く 母の口癖 おかげさま
志賀内
小島>先月、小冊子「見えないものに価値がある」を発行しました。
その十篇の中の一つとして、志賀内が
母のことを書いた文がございます。
志賀内「書きながら、様々な思いが胸の中を駆け巡りました。
今でも、思うだけで、涙が溢れそうになります」
また、
志賀内「私にとっての、今年いや生涯のうちの、
最大の出来事をもう一度心に刻みつつ」
皆様、良いお年をお迎えくださいませ。
プチ紳士を探せ!運動
編集長 志賀内泰弘
事務局 小島章裕
※下記に、上記の全文を掲載させていただきます。
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「魂」・・・母は今でも心の中に生きている
人は死ぬと、21グラム軽くなるといいます。
アメリカの学者が実験して量ったと聞いたことがあります。
よって、それが魂の重さだというのです。
ということは、魂がどこかにあるということになります。
それはいったい、どこにあるのでしょうか。
私事で恐縮ですが、少し前に母を亡くしました。
母は苦労人でした。母を知る者は、口を揃えて「不幸だった」と言います。
でも母は、「幸せだ」「もったない」と口癖のように言っていました。
そんな母が、父の看病をしていて、先に亡くなってしまいました。
過労からダウン。気づいたときには、手遅れでした。
それだけに、母の死は堪えました。
そんな時、友人から一通の便りが届きました。
そこには、こんなことが書かれてありました。
* * * * *
テレビで著名人の訃報を知った。
その特集のVTRが流れた後のキャスターのコメントにハッとした。
「なんだ、みんな、全然死んでいないじゃないか」
そうなのだ。
誰かが亡くなっても、周囲の人々の中にその人はちゃんと生き続けている。
それがあれば、その人は「生きている」ということになる。
私の父は私が35歳の時に他界した。
このときまでは、私がちょっと間違ったことをしでかすと、
口うるさく言う困った父親だった。
私はいかに親の目を盗んで悪さをするか、そればかり考えていた。
ところが、死んでしまうと違うのである。
生きている間は、「目を盗む」ことができるのだが、
死んでしまうと、私がどこへ行こうと、
誰と会おうと父はいつだって、私の肩の上にいるのだ。
だから、隠しようがない。
よって私は父の死以降、すっかり品行方正になってしまった。
そのおかげで、なんとか今日まで生きてこられた。
また、父が他界したときにある人から、
「人によっては、人は死んだら星になるのだけど、
いつも天空から見守っていてくれて、
万が一のときとか、迷ったときとかには
道を誤らないようなアドバイスをくれる存在になるのだよ」
と教えてもらったことがある。
この人は子供の頃に父親を失った人だが、
そのように信じることで辛い時期を乗り越えてきたのだろう。
この言葉は、私にとっても大変な支えになった。
私の母は今でも壮健であり、私には母を失う痛みは分からない。
男は、父親よりも母親を失ったときのショックが大きいという話を
聞いたことがある。
また、戦場で死に行く戦士が「お父さん!」と叫ばず、
「お母さん!」と言っていって散っていくのは無理からぬことだと、
自分の息子を見ながら思う。
息子にとって、とてつもなく母親は大きな存在なのだ。
だから、父の死と一緒に語ることは出来ないが、
もし私が君に何か伝えられるとしたら、
父が死んで以降、私が日常の中で実感したことだけである。
たまたま出張中で、通夜にも告別式の参列できなかったから、
今こうして伝えたい。
「あなたのお母さんは、ぜんぜん死んでいませんよ。
まだ生きていらっしゃる。
ほら、あなたの肩の上に。
そして、これから、ずっと。
あなたが常に正しい方へ進むよう見守ってくれています」
* * * * *
いくら看病・介護を十分にしたといっても、後悔は残ります。
「ああしてやれば良かった」
と。
でも、私の中に母はいます。
生きているのです。
妻が言います。
「お母さんは、私たちの心の中にいるよね」
と、胸に手をやって。
そう、母は見えないけれど話をすることができるのです。
答えてもくれるのです。
「魂」とは、生き続けるものなのだということを知りました。
そう、目に見えないものに価値がある。
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