「プチ紳士を探せ!」運動という
世の中をよくしようという活動をしています。
プチ紳士とは、ついつい見過ごしがちなほどの、
小さな小さな親切をする人のことです。
まず「プチ紳士」を探し、
次に自分がしてもらって嬉しかった事を
他人にもしてあげよう、という運動です。
これに真っ向から否定的な人がいます。
「そんなことしたって、焼け石に水だ」
と。
「他人に親切をするというけれど、日本だけでも一億二千万人。
気の遠くなる話だ。夢だね、所詮」
と。私もそう思います。これは夢です。
誰もが、自分のことはさておいて、
他人のことを先に思いやる世の中ができたら、
どんなに素晴らしいでしょう。
それには、エゴを捨てなければなりません。
これは宗教が挑んできた大命題でもあります。
それができないから、戦争が起きる。まさしく、夢です。
そんな時、「世界がもし百人の村だったら」を読み返して、
ハッとしました。
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もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、
全世界を100人の村に縮小すると、
どうなるでしょう。
その村には・・・。57人のアジア人、21人のヨーロッパ人、
14人の南北アメリカ人、8人のアフリカ人がいます。
52人が女性です。48人が男性です。
70人が有色人種で、30人が白人、70人がキリスト教以外の人で、
30人がキリスト教、89人が異性愛者で、11人が同性愛者、
6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍、
80人は標準以下の居住環境に住み、70人は文字が読めません。
50人は栄養失調に苦しみ、1人が瀕死の状態にあり、
1人はいま、生まれようとしています。
1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け、
そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています。(冒頭の部分を抜粋)
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世界という単位を考えたとき、
60億人という人口をついつい考えてしまいます。
すると、自分という一人は、60億人分の一だと思ってしまいます。
次に、そんなちっぽけな自分に何ができるのだろう、と悲観してしまいます。
せっかく、ちょっとだけでも
「良い事をしよう。他人の力になろう」と思っても、
「どうせ変わりはしないから」と諦めてしまいます。
それが、「焼け石に水」という理屈です。
でも、本当にそうなのでしょうか。
「世界がもし百人の村だったら」を読んで思うのは、
自分の住む世界の単位を小さくして考えると、
わかりやすくなるということです。
ここに100人の村があります。
一人が、一日に一人ずつの相手に、
小さな親切をしてあげることを始めました。
親切にしてもらった村人は、嬉しくなりました。
自分も人に親切をしよう、と実行する人が現れました。
そのうちのまた何人かは、やはり一日に一人ずつの相手に、
小さな親切をすることを実行しました。
最初に始めた人が、99日目には、村中が親切だらけになっていました。
そこには、思わぬ副産物が生まれました。
99人に親切にすると、自分は99人から親切にされるのです。
とうとう、誰もが、自分のことは一切心配しなくても、
他人のことだけ考えていればよいという村になりました。
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いかがですか。
もちろん夢です。
でも、こんな夢が実現したら、
思いやりがいっぱいの社会が生まれますね♪
今年も、そして今日も、
プチ紳士が一人生まれることを願いつつ、
コツコツと活動を続けております。
志賀内より。
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